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松山地方裁判所 昭和37年(行)2号 判決 1965年2月24日

原告 越智啓悟 外一名

被告 小田栄作

主文

(一)  別紙目録第一の土地が原告らの所有であることを確認する。

(二)  被告は、原告らに対して、右土地について所有権移転登記手続をし、かつ、別紙目録第二の建物を収去して右土地の明渡をせよ。

(三)  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

(当事者の申立)

原告らは、主文と同趣旨の判決及び建物収去土地明渡につき仮執行の宣言を求めた。

被告は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は、原告らの負担とする。」との判決を求めた。

(原告らの請求原因)

一、別紙目録第一の土地(以下本件土地という。)は、もと越智寛の所有であつた。

二、越智寛は、昭和一〇年一月一四日死亡し、その長男である原告啓悟及び長女である原告琴美が、遺産相続により本件土地の所有権を取得した。

三、寛の死亡当時、原告啓悟は二年八月、原告琴美は四月であつたが、原告らの母テツ子が昭和一一年五月六日他家に入籍したため、同日寛の父である戸主越智周作が原告らの後見人に就職した。しかし、周作は昭和一六年一一月一九日死亡し、その後は原告らは後見人のない状態に放置された。

四、昭和二三年二月二日、本件土地について死者寛を名宛人として自作農創設特別措置法第三条に基づく買収処分がなされた。

五、そして、本件土地は同年三月二日同法第一六条により被告に売渡され、昭和二五年四月四日被告のために所有権所得登記が経由された。

六、しかし、本件土地の買収処分及び売渡処分は、次の理由によつて無効である。すなわち、

(イ)  右買収当時原告啓悟は一五年九月、原告琴美は一三年五月で、法定代理人の欠けていた者であり、原告らにおいて買収処分を知りまたは知りうべき状態になかつたから、原告らを対象としては買収手続が行われていない。

(ロ)  原告らは本件土地の買収令書の交付を受けていない。

(ハ)  本件土地は、当時地目は畑であるが、客観的には単なる家庭菜園に過ぎなかつたことが明らかであり、従つて、これを農地としてした買収処分には重大かつ明白な瑕疵がある。

(ニ)  買収処分が無効である以上、その有効であることを前提とする売渡処分もまた無効である。

七、昭和三八年三月一日、愛媛県知事は本件土地の買収処分及び売渡処分を取消した。

八、ところで、被告は、現にその上に別紙目録第二の建物を所有して、本件土地を占有している。

九、よつて、原告らは、本件土地所有権の確認を求めるとともに、右所有権に基づいて、被告に対して、所有権移転登記手続と右建物収去土地明渡を求める。

(被告の答弁及び抗弁)

一、請求原因第一項から第三項、第五項及び第七、八項を認める。同第四項は知らない。同第六項は争う。

二、被告は、昭和一四年頃原告らの後見人の周作から本件土地について永小作権の設定を受け、爾来これを耕作していた者であり、被告に対する本件土地売渡処分には何ら違法はない。そして、売渡後十数年を経過してなされたその取消処分は無効であり、被告は、右取消処分につき昭和三八年四月三〇日、農林大臣に対し審査請求をし、現在その手続が係属中である。

三、仮に、本件土地の買収処分及び売渡処分が無効であるとしても、被告は、昭和二三年三月二日、本件土地の売渡を受けて以来、所有の意思をもつて、平穏かつ公然と本件土地を占有している者であり、その占有を始めるのに善意かつ無過失であつたから、昭和三三年三月二日の経過によつて、本件土地を時効取得した。

(時効の抗弁に対する原告らの主張)

一、被告は、本件土地の買収処分が当然無効であつて、売渡処分によりその所有権が被告に帰属しない事実を知つていた。すなわち、当時被告は、原告らと同居していたから、本件土地がいわゆる家庭菜園で農地にあたらない事実、及び右買収処分が法定代理人の欠けた未成年者を対象としてなされたもので、この点で重大かつ明白な瑕疵のある事実を知つていたのである。

二、仮に、被告が右事実を知らなかつたとしても、知らないことについて被告に過失があるから、被告の一〇年間の占有によつては、本件土地の時効取得は完成しない。

(証拠関係)<省略>

理由

(争いのない事実)

本件土地は、もと越智寛の所有であつたが、同人が昭和一〇年一月一四日死亡し、その長男である原告啓悟及び長女である原告琴美が遺産相続によりその所有権を取得したこと、及び、当時原告らはともに未成年者であつたが、原告らの母テツ子が昭和一一年五月六日他家に入籍したため、同日以降亡寛の父である戸主越智周作が原告らの後見人となつていたところ、周作が昭和一六年一一月一九日死亡し、その後は、原告らに後見人が欠けている状態にあつたことは、いずれも、当事者間に争いがない。

(本件土地の買収及び売渡処分について)

成立に争いのない甲第二、三号証、第四号証の一から六、第五、六号証の各一・二によると、愛媛県知事は、自作農創設特別措置法第三条に基づき、昭和二三年三月二日を買収の時期とし、土地台帳上の所有名義人である亡寛を名宛人とする買収令書を交付することによつて、本件土地につき買収処分をし、昭和二五年一月一八日農林省名義でその所有権保存登記を経由したことが認められる。そして、本件土地が、同法第一六条に基づき、昭和二三年三月二日を売渡の時期として、被告に売渡され、昭和二五年四月四日被告に所有権取得登記が経由されたことは、当事者間に争いがない。

そこで、右買収処分の効力について判断する。

成立に争いのない甲第一号証、原告啓悟及び被告本人の各供述によると、原告啓悟は昭和七年五月三日生、原告琴美は昭和九年九月四日生で、右買収当時それぞれ一五才と一三才であつたこと、原告琴美は、幼時から他家に行つて養育されていたが、原告啓悟は、本件土地の隣地にある先代来の住居において生育し、昭和一三年ころから同居していた亡父の妹小田サカエ及びその夫である被告によつて養育されていたこと、前記買収令書は、右住居の亡寛を名宛人として送られ、小田サカエ又は被告がこれを受領したものであることが認められる。

ところで、死亡した土地台帳上の所有名義人あてになされた農地買収処分は、実質的にはその相続人を相手方として行われたものと見るのが相当であるが、右認定の右買収令書は、原告らのための適法な代理権限を有しない被告又は同人の妻サカエがこれを受領したに過ぎず、しかも前記のとおり、当時未成年者の原告らには法定代理人が欠けていたのであるから、原告らが右令書の交付を知りうる状態にあつたとはいえず、結局、本件買収処分は、真実の所有者に対する買収令書の交付がない、当然無効の処分といわざるをえない。従つて、国は本件土地の所有権を取得し得ないし、国がその所有権を取得したことを前提とする前記売渡処分も無効であり、被告は、これによつて本件土地の所有権を取得することができない。(なお、愛媛県知事が、昭和三八年三月一日、本件土地に対する右買収及び売渡処分を取消したことは、当事者に争いがないが、右各処分が無効であることを宣言する趣旨で、処分庁がこれを取消したものと解せられる。)

(被告の取得時効の抗弁について)

前記甲第一号証、証人越智芳太郎の証言、原告啓悟及び被告本人の各供述を綜合すると、原告らの父寛が死亡した後、寛の両親である周作及その妻シナは老令であつたので、昭和一三年ころ、同人らの要請に応じて、寛の妹であるサカエ被告夫婦が周作の前記住居に同居し、爾来、被告夫婦が原告家の財産の管理とその家族の世話に当つており、昭和一六年周作が死亡し、昭和二〇年その妻シナが死亡した後も、原告らの事実上の後見人として原告家の財産管理と原告啓悟の養育に当つているうち、本件土地が買収されたこと、及び被告は、買収令書等によつて、(買収令書の交付を受けたのが被告か妻サカエか、その点は証拠上明確でないが、仮にサカエが受領したとしても、当時被告がその事実を知つていたことは、同人の供述により明らかである。)本件土地が亡寛名義で買収され、かつ、原告らには法定代理人が欠けていることを充分知りながら、たまたま農地委員会で自己が本件土地の耕作者として取扱われていた関係上、そのまま右買収令書を放置し、みずから本件土地の売渡処分を受け、爾来本件土地の所有者としてこれを占有して来たことを認めることができる。

右認定の事情のもとにおいては、被告は、右売渡処分当時、その前提となつた買収処分に瑕疵があることを知り、少くとも知りうべき立場にあつたことが明らかであつて、従つて、仮に、被告が売渡処分によつて本件土地の所有権を取得したと信じたとしても、そのように信じたことについて過失があつたものと認めるのが相当である。

そうすれば、一〇年間の占有では、被告は本件土地の所有権を取得し得ないから、被告の取得時効の抗弁は理由がない。

(むすび)

以上のとおりであつて、本件土地についての被告の前記所有権取得登記は実体に合致しない無効の登記であるから、被告は実の所有者である原告らに対して、所有権移転登記手続をする義務があり、また、被告が本件土地上に別紙目録第二の建物を所有して本件土地を占有していることは、被告の認めるところであるから、原告らに対して、右建物を収去して本件土地を明渡す義務もある。よつて、原告らの請求はすべて理由があるから、これを認容(但し、仮執行の宣言の申立については、相当でないからこれを却下する。)、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 橋本攻 吉川清 山口茂一)

(別紙目録省略)

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